2016年1月24日日曜日

アマ七福神めぐり〜福禄寿


アマ七福神めぐりもこれがラスト。
福禄寿さんはすこし離れた

貴布禰神社にて。

ここで七福神さんが
勢揃いいただきました。
ずっと撮ってきた朱印台の写真が、
ここだけカメラに残らず(TOT)

1950年に復興された本殿は、
台湾檜が使用された一間社流造
その本殿と幣殿・拝殿・
透塀からなる社殿は、
2002年に大改修されたそうです。


愛らしい狛犬さんがお出迎え。
尼のきふねさん」と親しまれる
貴布禰神社の主神は海人の守護神。
水の神様でもありましたので、
歴代の尼崎藩主からの崇敬も厚かったとか。
本殿裏には白龍大神もおられました。
境内には多くのしだれ桜。
表札をみると
甲子園ボウル 優勝記念…
関学のバカリやないかい(T_T)

尼崎町の総社である夏祭りは、
だんじり」が繰り出します。
正面からぶつかり合う山あわせが、
ほんとスゴいらしい…
夏越祭は8月1日、2日です。

阪神電車の出屋敷駅には、
アマトラさんが鎮座。
だんじり姿がありました。
こちらアマトラさま(・ω・)v

駅前てくてくさんぽマップはコレ!

ほんとは尼子騒兵衛さんお色紙を
手に回りたかったのだけども、
1月2日はお休みだったのです(TOT)
再チャレンジするかは???です。

貴布禰神社
開運出世の福禄寿さん

アマ七福神めぐり〜毘沙門天


武将姿の毘沙門天
長遠寺
(ぢょうおんじ)さんにて…

日恩
(にちおん)上人の開基による
日蓮宗 大堯山。
所蔵の「大堯山縁起」によると、
1350年(観応元)に開創とか。





桃山時代の特徴が
良く表れた多宝塔は、
国の重要文化財です。
多宝塔の棟札に
慶長12年(1607)とあり、
ここ寺町に移築されたものと
考えられています。

大好きな装飾彫刻はどれも見事。

牛も

にはお決まりの笹。

龍さん。
四方八方の蟇股装飾でしたm(_ _)m



長遠寺

日蓮宗 大堯山 本堂・多宝塔が国の重要文化財

アマ七福神めぐり〜弁財天

辨財天さんは大覚寺に…

1275年(建治元)に
尼崎に来たと伝えられる
琳海上人によって再興のお寺です。
敷地は鴨社領 長洲御厨から
寄進されたものだそうです。

寺源はさらに古く、
兵庫県能勢町にある剣尾山
燈炉堂が大覚寺の始まりとかで、
聖徳太子の世のころの話です。
琵琶法師ゆかりの弁天堂
辨財天さまが祀られています。

大物橋」の欄干があるのは、
大物東本町に開創さたことを
伝えるものだと思われます。

2月3日の節分には、
豆まきに加え
大覚寺狂言」が上演されるとか。
立派な能舞台をガラス越しに…

古学の祖 契沖 阿闍梨の碑石。
古典研究の道を開いた
契沖については、
ゼロロクの尼崎⑦ 櫻井神社
紹介したことがありました。

刻まれいるのは、
「しなが鳥 けさや氷もゐな河の
 山彦とよむ 音も聞こえず」

「氷」の題で詠んだ歌です。


冷込む今朝は、
あの猪名川にも水が張って、
いつもなら、
山に反響してごうごうと
流れる河音も聞こえないことだよ。
ってな感じでしょうか。

大覚寺
真言宗 月峯山 現存する尼崎最古の古刹

2016年1月23日土曜日

アマ七福神めぐり〜布袋尊



戦国武将 佐々成政
(さっさ なりまさ)
墓石の五輪塔があるのは、
浄土宗鎮西派知恩院系の
法園寺
(ほうおんじ)

佐々成政は、豊臣秀吉から
肥後の領地を与えられたのですが、
佐々成政の太閤検地のやり方に
反発した肥後国人一揆が発生、
自力で鎮めることができませんでした。

1588年(天正16)の一揆の原因を
作ったことを理由に、
この法園寺で切腹させられています。

諸大名の軍勢によって
鎮圧されたあと。
大坂に召喚される道すがら、
この寺に足止めされたと伝わります。
「この頃の 厄妄想を 入れおきし
 鉄鉢袋 いま破るなり」

成政の辞世の句です。

寺宝の後陽成天皇 宸筆の
和歌にはこうあります。
「なき人の かたみの雲や
 しぐるらん 夕の雨に
     途はみえねと」

法園寺
 浄土宗 恵光山 信長の忠臣
 佐々成政の墓碑がある

アマ七福神めぐり〜大黒天

大黒天さんは日隆上人の開基による
法華宗本門流の寺院の本興寺
(ほんこうじ)

京都の本能寺、千葉の鷲山寺
静岡の光長寺と並ぶ四大本山の1つ。
1420年(応永27)に尼崎城本丸に開創、
1617年 尼崎城を築城で寺町の地に。

日隆上人は、
日蓮上人が興した
法華宗の再興に精進された上人。

近畿一円を中心に、
北陸、岡山方面にかけて
計14カ寺を建立されたそうです。
晩年に入ったのがここ本興寺で、
膨大な著作の執筆活動と
後継者の養成に尽力されたそうです。

入母屋造、本瓦葺の
袴腰つきの「鐘楼」。
長押 、 連子窓、尾垂木
(おだるぎ)
刎高欄
(はねこうらん)
江戸中期 寛永10年 竣工とか
本堂の北側に位置するのが「方丈」。
前面に一間半の広縁、
東側に一間の広縁がめぐっているとか。
南向きの正面東寄りに玄関

そこかしこの彫刻はみごとでした。




寺内にはいわゆる塔頭が多く並ぶ。

堯運院には鬼子母神を祀る。



「開山堂、三光堂、方丈」は、
宝物殿に納められている寺宝とともに、
年1回の「虫干会」
11月3日のみの公開とか。
今からスケジュールに入れておかねば




本興寺

法華宗 本門流大本山 寺町の中心的寺院