2014年12月9日火曜日

華麗なるジャポニズム 浮世絵にまなぶ系譜

『華麗なるジャポニズム』
浮世絵の視点の取り方は、
ジャポニズムとしてゴッホ、モネ、ルノワールに。
「日本は西洋が文化的引用の
選択肢を必要としていた
まさにその瞬間に時流にのった。」
と解説されるが...

当時の日本の急速な近代化のなかで、
日本美術がアメリカ社会で受け入れたれたのは、
フェノロサや岡倉天心…
そしてボストン美術館という受け止めてくれる
場があったことにほかならない。
歌川国貞(三代豊国)・歌川広重
《当盛十花撰 夏菊》
江戸時代 1858年(安政5)
フィンセント・ファン・ゴッホ
《子守唄、ゆりかごを揺らす
 オーギュスティーヌ・ルーラン夫人》
1889年

背景は渦の巻くような生命感あふれる花、
壁紙と生花という違いはあるが、
まさにいま盛花爛漫の画面構成。
人物を表情のみに語らさせているのではなく、
物憂げな夫人も感情を表に出さないことを、
色合いと髪の毛の線状がまさに縁取りの
ように描かれているように思う。

夫人が手にするロープは、
役者が握っている帯状のものを
模したのだと言われる。
役者絵には手持ちものが必須であるが、
夫人のロープの先には揺りかごが繋がる。
画面には描かれていない母子の瞬間、
それをゴッホは封じ込めたという。
物語性を知ってこの絵を見れば...
また深みにハマってしまうのである。
左:喜多川歌麿
  《(母子図、たらい遊)》
   1803年頃(享和年間)
右:メアリー・スティーブンソン・カサット
  《湯浴み》1891年頃

母親と子どものきずなを絵の中に
しっかりと描いているものがこの二つ。
数多くの作例が並べられていたのだが、
日常的な何気ない切り取りは、
まさにプライベート写真のようである。
子どものうごきに母が手を添える、
母性のカタチは
古今東西変わりはないということか。
ピエール・ボナール
『パリ生活の諸相』より
《街路をみおろす》
1894年 カラー・リトグラフ

ボナールはフランスの革新的な
芸術家グループの一人で、
新しい視覚に挑戦した人であった。
鳥瞰図的な視点、平坦な画面構成、
そこには空間構成そのものに
いろんな仕掛けが潜んでいる。
歌川広重
《名所江戸百景 する賀てふ》
1856年(安政3)

この広重の浮世絵と並べられていると、
街路そのものが谷間を深く見入って、
その奥にヤマを配置した一枚。
きっとボナールは知っていたのだと思う。
 アンリ・リヴィエール 版画集
『エッフェル塔三十六景』より
エッフェル塔の中で
1902年 新潟県立近代美術館蔵

手前にいわゆる✕ポンで遮りながらも、
その隙間越しに遠景を眺めることで、
より直近感を感じさせるテクニックは、
浮世絵のお家芸ともいえるもの。
歌川広重
《名所江戸百景 鉄炮洲稲荷橋湊神社》
(てっぽうすいなりばしみなとじんじゃ)
1857年(安政4)

広重のクロスは日本人がどう構図を取るか
ってのに、系譜があったということ...
虎次郎もときどき写真の
アングルに参考にしているのである。
 アンリ・リヴィエール
《干潟のシルエット水路標識、
 サン=ブリアック、ブルターニュ》
1890年 多色摺木版、薄茶和紙

歌川広重
《名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣》
(あさくさ たんぼ とり の まちもうで)
1857年(安政4)