校歌そして...

歌詞が完璧でなくてもふと思い出すリズム。
「校歌」ってのは存在であると思う。
ただ虎次郎は中高が同志社香里
そして同志社大学だから、
青春の校歌はたったひとつ。
同志社カレッジソングのみ。
同志社礼拝堂
小学校の校歌の歌い出しは
リズムはすぐ出てくるのだが、
歌詞はなんとなく...
「♫生駒の山並み白い雲
 のびよはばたけぼくらの夢よ〜」だった。
1876年に創立された市内でもかなり古く、
始めは「野江学校」といったらしい。
その後野江・関目・内代の村が合併して、
「榎並村」となったことでこの名となる。
榎並には低学年にも歌えるようにと
えなみこどもの歌」ってのがあった。
三番はこうだ!
「♫えなみのみはみんなのみ
 うんどうじょうは せまいけど
 そらはひろいぞ はりきって
 みんなで うたおう イチニサン」
かなり強引やな〜と”みんな”思ってたし... 

幼稚園の園歌は
ほとんどリズムもわからない。
というのも確か卒園直前にできたから。
作詞は島田陽子さん
「♫風がやさしく ふいてきて
 ブランコ そっと おしてるよ
 みんな なかよし たのしいな
 ぼくの わたしの 野江幼稚園」

ちなみに島田陽子さんは、
あの大阪万博テーマ曲
世界の国からこんにちは』の
作詞家でもある
仕事がらもう一つの校歌も馴染んでる。
職場が学校なのでね。
ウチにも
愛唱歌というか
祝い事にウタウ「祝歌」ってのがある。
「♫茜雲(あかねぐも) 
 清らかに水面(みずも)にうつり」
水面は「みなも」って読むんだけど、
作詞家が「みずも」ってルビをふってるから。。。
これはこれで正しいのである。
朝日新聞の2014.4.23の夕刊
「葦 夕べに考える」に
六甲おろしと俳句」というコラムがあった。
1935年で東京読売巨人軍に続いて、
創設されたので来年が80周年ってことになる。
球団歌は正式には「阪神タイガースの歌」、
球団歌が作られた当時は大阪タイガース
「サビの「オウ!オウ!オウオウ!」は、
直後の「大阪タイガース」の押韻だったという。」
押韻」とは現代風に言えば、ラップなどで
同じ響きの単語を使ったりするのに通じる。

作詞は佐藤惣之助さん。
六甲おろしの作詞家を即答できるのは、
トラキチとしては至極当然なのだが…
思うに「六甲颪」がイチバン歌ってるな。

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