芝川さんち の ひな祭り

明日はいよいよ雛祭りですね…
暖かい日も増えてくるでしょうね。

てなわけで...いつもの芝川ビルに
お雛様を愛でてまいりました(・ω・)v

会場の屋上モダンテラスまでは階段...
壁面を使って「写真展 美しいいとはん」。

芝川家や
生駒ビルヂングのオーナー生駒家など、
船場にゆかりのあるお嬢さんたちの、
明治から昭和初期にかけた晴れ着姿、
そして婚礼にまつわる写真がずらり...

船場ではお嬢さんのことろ
“いとはん(いとさん)”、
“とうはん(とうさん)”と呼び。
三姉妹だと長女は“大いとはん”、
次女を“中いとはん”、
三女を“小いとはん”
     と言ったのだそうです。

ちなみにかつて船場高麗橋で
羅紗・洋服商を営まれた
株式会社池田商店
その二代目当主には
二男四女があったそうです。

池田家では、
大いとはんは「おねえちゃん」、
中いとはん「なかさん」、
小いとはん「こいさん」、
四女は「こじょうちゃん」と
       呼んでたとか...

モダンテラスには
お雛様にひと目逢おうと、
老若男女で溢れていました。

立派な段飾り...
まんなかに置かれるのには、
お内裏様お雛様がありません(;_;)

スタッフさんのお話によると、
戦中になんらかの事情で失われたので、
お二人は掛け軸にて...

家にも段飾りがかつてありましたが、
いわゆる「お道具」の質の高さは
ほんと雲泥の差で比べ物になりません。


 
三姉妹のお姿なのかも知れません。

こちらは「五人囃子
並び方はこれが正式です!!

これは台所道具...
井戸とかもあるのが面白いです。

(かまど)のミニチュアも
精巧に作られております。

貝合わせには高砂...

節句人形も...
こちらは当時の軍事色が感じられますね。
芝川家に伝わる
文化的なコレクションもありました。
東寶」とは東京宝塚の略称で、
当時のファンブックといったところか。
宝塚渡米関係の写真。
1938年に初の海外公演をしたとか、
ドイツ、イタリア、ポーランド、
そして1939年にはアメリカ公演。
写真の中のジェンヌたちの手には
ナチスの旗があるのが見える。
ビルのテナントにも
雛祭り企画が見えました。



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