竹原の町並みをたどる② 松阪邸



風情のある竹原の町並みの中で、
その姿がひときわ印象的なのが「松阪邸」。
流れるような曲線美の屋根は邸独特のもので、
唐破風
(からはふう)とよばれるもの。

てり・むくり」を
もった波うつような大屋根、
うぐいす色の漆喰の大壁造り。
塗込めの窓額つき菱格子の出窓。

彫をもった出格子。

建築は江戸末期(1820頃)のもので、
1879年(明治12)に全面的な改造が行われ、
現在の形となっているそうです。

初代は延宝2年(1674)広島から移住、
沢田屋と称して塩田の必需品である
薪問屋・石炭問屋を業としていたそうです。

塩田経営、廻船業、
醸造業と多角経営だったそうで、
下市庄屋、割庄屋、竹原塩浜庄屋、
そして竹原町長もつとめたという名家。

江戸時代の乗り籠とか…

年代物のラジオらしきものも。。。






ぬれ縁は「矢筈敷き」という
贅を尽くしたもの。

母屋の裏に中庭があって蔵が二つありました。

山手を見上げると「普明閣」の舞台...

そして、敷地内には「頼山陽遺愛の台柿
なるものが植えられていました。

台柿」とは・・・
一見すると富有柿に似ていますが渋柿で、
ヘタの周りが円座のように
盛り上がっていることから
その名があるそうです。

本川にかかる「新港橋」のたもとには、
頼山陽の銅像がありました。
江戸時代の漢学者で『日本外史』の
著者であった彼は、祖父・惟清と父・春水の
出身地が竹原であることにちなみ、
この地を故郷としていたそうです。


【たまゆら聖地巡礼:新港橋】
第10話から(*^_^*)

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