2010年9月25日土曜日

「きよめ」のナゴド

竜眼に睨まれたままの虎たち。
秋を分つことになりそな秋分の日」
「落合の家」の表札を眺めつつ球場入り。
















プレイボールまでコンコースを一周、
試合前にたっぷりのシャオパオ漬けに。
















でも優勢なはずのドラゴンズファンたち、
シャオパオの前ではとってもナイーブ。
みんな記念撮影前にして身の上相談か、
なんであんなに涙目なのかフシギ???
















まさに土俵際の一戦でした。
尾張虎ファンのこれまでの悔し涙が
ついに嬉し涙に
変わった一戦となりました。






















ノウミ親分
にはフル回転で
働いて貰わねばなりませぬ。

















レフトスタンドに陣取る虎キチたちは、
清めの塩を盛っていたとか。。
そのかいあってか、
マートンも200安打を達成!!
とっても値打ちのある遠征となりました。
遠征のなにわの虎党たちもヨカッタとしみじみ。















虎次郎の今回の名古屋のお土産。。。

改めて儺期度を「きよめ」るために、
お伊勢参りは「赤福」だけど、
熱田参りの「きよめ餅」を買い求めた。
















熱田参詣の人たちは「きよめ茶屋」にて、
お茶をいただき疲れを休め、
姿を正してから神前に“ぬがずく”の
習わしとしていたと伝わってる。
次回は熱田神宮前の本店に行ってみようかと。

ちなみに
“ぬかずく”とはひたいを
地面につけて拝むことなんだそうです。

改めて竜を虎にぬかずかせねばなるまい。
















こちらは小倉トースト味プリッツ
八丁味噌」「うなぎの蒲焼味」
って
  のもありましたどれもコユイ。
あっさりは「ざるきしめん」くらいか。

こんだけコユイものを好む尾張なのに、
なぜか
ナゴドの売り子は声が出てない。
唯一声がでてたのは
コーラを売るおねえさんだけ・・・・
ビールの売り子も男の子が圧倒的やった!
なんでや(怒)













2010年9月24日金曜日

熱田神宮の「ひつまぶし」

三種の神器の一つ、
「草薙の剣」がご神体の「熱田神宮」へ。
















素盞嗚尊 が八岐の大蛇を退治したときに、
その尾から取り出し、

天照大神に献上されたのが
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)

三種の神器は鏡、剣、玉の三つで、
あと二つは
「八咫の鏡(やたのかがみ)
「八尺瓊の勾玉(やさかにのまがたま)」。

鏡は伊勢神宮のご神体であり、
皇居の剣璽の間には勾玉
以外は
形代(かたしろ)
 と呼ばれる複製が祀られているそうです。

















「草薙の剣」って名は、
日本武尊が賊による計略で
狩のさなかに焼き殺されそうになった時に、
神剣が草を薙ぎ倒して
命が救わられたことにちなみます。
ちなみにその地は
「焼津」と呼ばれるようになっています。

「熱田」って地名はというと。。
日本武尊が、
吉備武彦と建稲種(たけいなだね)
伴って東征したおりに、
尾張に立ち寄ったときに建稲種の妹である
宮簀媛命(みやすひめのみこと)
 と知りあい婚約します。

東征を終えた日本武尊は
宮簀媛命の元に預けることになるのですが、

伊吹山の神の祟りによって命を落として、

剣は宮簀媛命の手に残ることになります。

「「神剱」が木を燃やし、  
 その燃え続ける倒木が、
 倒れた田の中でなお炎消えず、
 水田が熱したゆえ、「熱田」と名付けた」

   『尾張国 熱田太神宮縁起』より















この三種の神器は神武天皇以来、
十代の崇神(すじん)天皇までは、
皇居に保管されていたのですが、
鏡と剣は宮中より出されていたのだそうです。
「神器を宮中に置いておくのは恐れ多い」、
 伊勢神宮とともに熱田神宮が

パワースポットとよばれる理由がここにあります。


あの桶狭間の戦いの前に信長が
必勝祈願をしたのもこの熱田の地。
「この戦いは多勢に無勢、苦しい戦いとなる。
 熱田大神の力を借りて、是非勝利したい。」
ナゴドでの勝利を願っての必勝祈願。



で・・・・
腹が減っては戦は出来ぬということで、
「ひつまぶし」の発祥地に行ってきました。






















「あつた蓬莱軒」の神宮前店に。。
本店もほど近くにありますが、
こちらの方がスムーズとの情報を信じて、
開店前に到着。。。
すでにシステムチックな列が出来てました。
















待ち合い用の新聞、
「中スポ」「中日新聞」「朝日新聞」。。

ちょっと凹む。。


開店前にならんでいたので
スムーズに2階座敷へ。

みやみやさん
おススメの
サイドメニューをチョイスしてしばし待つ。
「生」ビールはないので久々の瓶ビール。
一杯目はお店の
おねえさんが注いでくれました。
















「鰻肝わさ」840円
なんちゃってグルメの虎次郎も初体験。
苦みが解る “ 大人の肴 ”ってやつ。
定番の「鰻肝焼き」もある。
















ここの主役は「ひつまぶし」だけど、
「うまき」はゼッタイにおススメ!
ひつまぶしの鰻がタマゴに包まれてる!
うまきというより「鰻の出し巻き」。
たっぷりあるので分ければ?
とも言われましたが、
一人一碗づつ頂きました大満足(・ω・)v
ちなみに840円でした。

















メインディッシュの
「ひつまぶし」の登場!!















1杯目 うなぎとごはん
2杯目 薬味をのせて
3杯目 お茶漬け ってあるけど、
「まるや本店」さんでの経験もあるし、
あえてノッケから薬味をのせて頂く。

それと“お茶漬け”は
「ひつまぶし」ならではの味わい方だから、

二杯ぐらいはコレで頂く。

















今回の名古屋への日帰り遠征。。。
グルメ旅と言いはりかねなかったのですが、
ダメ虎がこの日ばかりは影をひそめて、

名古屋の「もうひとつの長いヤツ」を成敗。

これも熱田さんの霊験がなせる業か、
あ〜〜ありがたや。。


ちなみにナゴドの竜は、
ここで戦勝祈願しているとのこと。

敵の本陣に乗り込んでまさに殊勲となったか?























樹齢千年の「熱田の大楠」
 弘法大師のお手植えと伝えられる。

 

2010年9月20日月曜日

四半世紀とは?

四半世紀たつと社会での立場が大きく変わる。
20歳の新成人はまさに中年。
30歳ならばいよいよ定年へのカウントダウン。

1985年からまさに四半世紀の2010年。
いまだに変わらないものが虎次郎の甲子園通い。






















ただ球場をとりまく環境は大きく変わった。
甲子園では全ての席が指定席になり、
場内は禁煙、紙吹雪の応援は今やあり得ない。

優勝が通過点になったのでいわゆる
Xデーを目指してチケットを手配することも、
そんなにマニアックな仕業ではなくなった。






















1985年から7年たった1992年に
タイガースはヤクルトとの死闘を繰り広げた。
横浜スタジアムと神宮球場にも遠征し、
10月10日の甲子園での決戦に臨んだが、
目の前で見た初めての胴上げはスワローズだった。

1985年の話に戻る。
虎次郎が甲子園に通ったのは29試合。
あの優勝を決めた神宮の地は踏めなかった。
「明日決まるかも知れないが虎次郎も行くか」と、
先輩に誘われたのをふと思い出した。
プレイボールには当日チケットがあったということ。

時が流れてネット社会になって、
チケットの販売に球場で徹夜するファンの姿は消えた。
その反面 とりあえずキープしていたチケが、
オークションで右往左往して完売なのに
空席が目立つってゲームも増えてきている。

クライマックスもあるし、
いつピッチをあげればいいのかとアタマを痛める。
四半世紀が巡っても結局は虎に躍らされる秋。




マニアックな虎コレ

平野部オフ会に拠出した
85年日本一メンバーの
ライターコレクション。
実はスタジアムモデルってのを持ってる。
シフトをぱっつり並べられて。。。



















投手陣と控えの仕事人もついて、
総勢15人のコレクションボックス。
 山本和行25福間納 12池田親興18
 佐野仙好 9吉竹春樹 8長崎慶一 3





















スタメンで並べるとこんな感じだったかな?
「阪神タイガース数え歌」ってのもありました。





















今年のタイガースと1985年の
チーム状況ってよく似てる。
打高投低ってのもあるけど、
あの時はぶっちぎりって感じがあったから、
やはり伝説の85年なんだろうな。

大事な場面で高卒ルーキーを抜擢するのは、
85年でもあったのを思い出した。
勝ち星はあげれなかったように思うけど、
箕島高校出身の
嶋田章弘ってところか。

ちなみに、嶋田兄弟がタイガースにいたとき、
現在審判をやってる嶋田哲也氏も投手として在籍、
嶋田兄、嶋田弟、嶋田他人???
    って呼ばれてたとか。


讀賣との三連戦の最後は
高卒ルーキーの秋山拓巳に託すしかないのか?
どこまで新人に頼るのかって感じだけど。
アッキャマン頼んます!!

 

2010年9月19日日曜日

「モンステラ」なトラキチたち

虎次郎の持病「狂虎病」。。。
今年はかなり症状が思わしくない。
結局4位に終った2009年シーズン、
当時の選手会長の背番号ほど通ってしまった。

今年はそれに追い打ちをかけるのが、
涼しくないデーゲームたち
シルバーウイークの三連戦は皆勤中。

そんな崖っぷち状態で始まった昨日、
虎次郎が末席を賑やかす
「平野部」のオフ会があった。

キンケードのプロコレユニ。。。
しかも曰く付きで参加した虎次郎。
濃ゆ過ぎましたね。

















アジトとなりつつあるのが、
鳴尾駅前にある「モンステラ」さん。





















「モンステラ」ってアメリカの熱帯地域に
分布していいる つるサトイモ科の植物。
生長するとフチから葉脈にかけて
深い切れ込みや穴ができておもろい葉に。














で。。。
このお店がなして
「モンステラ」になったかは
またリサーチするとして。。。。

モダン焼き風の「モンステラ焼き

 油かすのゴロゴロ感がグー 1200円
















こちらはソバ&ウドンの
「ちゃんぽん焼き」
1200円
 もちもちしてるのがヤミツキになりそ。

















オフ会の方は関西版は2回目なのかな。
新しいメンツも加わって盛会このうえない。
もうオフ会って感じではありませんね。
まさにマニアックなトラキチ集会!!
18名でお店を貸し切りにしてくれた
「モンステラ」さんには感謝この上ない。

ふだんは近くに女子大がある関係で、
オシャレなお店の雰囲気が漂います。
ゲームセット直後の甲子園駅で満員で
押し合いへし合いになるぐらいだったら、
お好み焼きをツツきにちょっとおススメです。

この日の宴会のメインイベントは
虎正兄プロデュースのビンゴ大会。
実は虎次郎の虎マニアグッズをなんと
1位の賞品にしてくれはりました(感激)

終始 興奮ギミの虎次郎(汗)
ブログ用の写真を取る間もなく、
ぼんさんのブログから転用させてもろてます。




























 

 


最近急速に虎友が増殖している虎次郎。
実は「モンステラ」って植物は、
耐陰性があり寒さにも比較的強く育てやすい。
なんかタイガースファンに通じます。

ラテン語だと「怪物」を意味する言葉。

「怪物」たちが狂喜乱舞できる
秋になればと願ってやみません!!









「モンステラ」 TEL:0798-43-2329
   阪神鳴尾駅 道順 阪神鳴尾駅南出口スグ
   ファミリーマートん2F
営業時間 17:30 ~ 23:00 ラストオーダー 22:30
定休日 日曜日、GW、お盆、年末年始、他不定あり

2010年9月13日月曜日

カープとベープ





















1949年に正力松太郎氏から提唱された
「プロ野球2リーグ構想」から半年も経たずして、
広島にもプロ野球チームをという手が挙がった。

広島市、広島県、中国新聞社などで結成された
市民球団「広島カープ」は、

1949年11月28日に加盟となる。

















「鯉という英語が複数でもSがつかない」
「カープ」は単複同形なので名付け親は、
正しく使っていたようだが、
初めての公式戦のプラカードは、
「広島カープス」になっていたらしい。























1950年2リーグから加わった
「広島カープ」もメモリアルの60周年だ。
あの「カープの秘密基地」には
歴代のユニが飾ってあるのだが、
ひとつ不思議なキャップが存在する。
「G」のようにも見えるがそんなハズはない。
実は「C」にカタカナの「フ」を合わせたもの。












「フ」とは広島が創業の「フマキラー」のこと。
特定の親会社を持たなかった市民球団は、
すでに発足1年目に経営的に行き詰まる。
「樽募金」だけでは乗り切れなかったところに、
地元企業の「大下回春堂」
資金援助することとなったのだ。

二代目社長・大下俊春 氏がカープの
取締役だったこともあり、
1952年から帽子には「C」に「フ」が、
そして袖には「フマキラー」の袖章が付いた。
















今では極々あたりまえになり、
ユニフォームの袖にヘルメットと、
最近は左腰にも着ける球団も増えてきているが、
「スポンサーマーク」は広島が発祥だった。





















ちなみに「カルピオ」のユニには袖章は、
見当たらなかった。。。

一説によると定かではないが、
「連盟から怒られて外した」って話もあるとか。
そんな曰く付きだからズムスタの
ユニフラッグにも復刻とはならなかったのか。



ただ、今でも広島カープのスポンサーの
一つであることにかわりなく。
ズンスタのフェンスにも「ベープ」が健在である。















ところで、この「フマキラー」という言葉、
「フライ(ハエ)」+「マスキート(蚊)」

+「キラー」の造語で、ハエと蚊の殺し屋

        という意味なんだそうだ。



「広島」って意外と いろんな
メジャー企業の発祥地でもある。

あのプロ野球チップスの
「カルビー」創業は広島で。
1973年までは本社があったそうだ。
そういえばズムスタの売店でも
プロ野球チップスが売られていたしな〜。





2010年9月11日土曜日

「照らされる」シート
















ズムスタ2日目は
「コカ・コーラ・テラスシート」。
内野自由席の手前のエリアにあるので2階席、

グラウンドはちょっと遠い・・・

昨日の砂かぶりと一転して、
ファールボールが飛んでくる可能性は皆無。
















屋根の陰がかかるタイミングを見計らって、
プレイボール1時間前に席に着いた。
かなり高い位置にあるので、
風が吹き抜けて照らされてても涼やかだった。
















5名席だけど想像以上に広々していて、
荷物置くスペースもたっぷりあるし、
まわりを人が歩いたりすることも少ないので、
とっても快適だった(・ω・)v

内野自由席からあふれかえる人たちを尻目に、
プチ・セレブな気分が味わえる。
特にちっちゃい子どもづれにはオススメです。
















フードプレートも頼んでいたのだが、
唐揚げ、フライドポテト、ゴボウの揚げ物、
鳥のナンコツ唐揚げと
揚げ物オンパレード
だった。

次回からは「ひろしまスイーツ」
持ち込むのがよかろうかと思う。
カープ坊やは付きませんのであしからず。。
















初日に出会えたなかった今年登場した
「鯉ミルクもなか」のパッケージは9種類。
いろんなカープ坊やに会える。
呉の工場でつくったスタジアム限定の
ボリューム満点の「もなか」は400円でも満足。































実はオォスポ平野部の末席を飾る虎次郎
そんな虎次郎に課せられたミッション
「平野んボードを広島の地でも掲げる」こと。。

前日デットボールでこの日も欠場の平野ん・・・
ボードの出番は一度キリでザンネ〜〜ん。

10月でのリベンジには平野んボードフル出場と、
虎の歓喜の瞬間を大いに期待したい!!
10月2日3日は今年3度目の
広島遠征を計画しております(・ω・)v
















平野んはズムスタのベンチで
まったりとしてましたヨカッタ(・ω・)v。
















ゲームの方はブラゼルの特大ツーランが飛び出し、
新人の秋山が好投で2勝目をあげて球児が抑えた。
球児は史上10人目の150セーブを達成した
メモリアルゲームとなった。




































ズムスタではイニングの合間に、
観客の中からヒーローインタビューの選手と
記念撮影がグラウンド内でできる
ファンが選ばれるのだが。。
でもこの日は虎の勝利で
スライリー
と一緒ってことに。

ゲーム終了後カープ坊やを振り回していた。
子どもはかなり嬉しそうやった。。