小布施の栗


「拾われぬ 栗の見事よ大きさよ」一茶



小布施駅の駅前にある栗の木の下にある
小林一茶の句碑には
こう刻まれているそうです。


小布施は江戸時代は幕府の直轄領で、
選りすぐりの栗は将軍への
   献上品となっていたようです。

最高品とランクされるのは “ 献上栗 ”に
1811年(文化8)の記録によると
「献上栗三千個」とあるようです。



「都でも引はとらぬや丹波栗」一茶

こんな句碑もあるそうです。
小布施栗の起源は、
丹波栗の苗木を植林したのが
始まりと言われているそうです。


『高井郡小布施村次第』という記録によると、
弘法大師が諸国を巡ったとき小布施で三個の栗を
蒔いたのがそもそもの始まりとも伝わります。

少なくとも江戸時代に早い時期から、
松代藩の御林になって
栗林が管理されていたようです。


知り合いから
小布施の栗のお菓子を頂きました。
「桜井甘精堂」さんの
 “栗ようかん”と“栗かの子”。
















「桜井甘精堂」さんが
1808年(文化5)に作り出したのが、
栗を粉にひいて打菓子にしている
  「栗落雁」なんだそうです。


「栗ようかん」
   作り出したのは
1819年からのことで、
文化文政の頃の
江戸の文化が発展した時期で、
小布施を訪れた
文人墨客たちも栗菓子を
愛したのだと思います。







甘栗やモンブラン、マロングラッセなど、
虎次郎はとにかく栗が大好物です!!
大満足のマロンスイーツでした(・ω・)v




最後に小布施の句をひとつ。

「草原や子にひろはする一つ栗」一茶










    

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