2006年11月27日月曜日

「若沖と江戸絵画」をたずねて4>閻魔と地獄太夫

◎ 「若沖と江戸絵画」をたずねて 4  


閻魔と地獄太夫図 /
   伝 河鍋 暁斎 (
かわなべ きょうさい

河鍋 暁斎 (1831-1889) は、
江戸時代の日本画の
素晴らしい技法を、
明治まで引き継ごうとした
 狩野派の画家の一人でした。

河鍋 暁斎
は駿河台狩野系で、
木挽町狩野系では
 狩野 芳崖
かのう ほうがい でした。

二人は対照的な性格と画風だと
 言われていますが、
そのエネルギッシュな活動は、
 さすが狩野派
  というところを見せています。






地獄絵 が描かれた着物に身をまとった 遊女 の姿が、
 閻魔大王
  裁きにブレを生じさせているよう
でもあります。

日蓮宗のお上人から先日聞いた話ですが、
 死者は7×7=四十九日までの毎7日、百箇日ひゃっかにち
 一周忌三回忌に順次 十王庁 じゅうおうちょうといわれる
 場所において罪の裁きを受けるらしいです。

 死出の山の山登り から始まり、
 そして 閻魔大王 の目の前に連れ出されるのだと。。

 地獄太夫は、
   果たして地獄か天国か??


お上人は法要の際に、
日蓮は 法華経 の第一の行者なので、
 後から来るものは通せ!!と。。

「南無阿弥陀仏」と唱えるこことは、
 
閻魔大王 への
   嘆願書? 援護射撃? でもあるようです。

暁斎 は 正統的なものをより正統的にという方向に、、
 一方でこの絵のように 狩野派 の枠を超え、
 庶民信仰や庶民美術への指向も強かったようです。

浮世絵、戯画 ぎが 、額絵、行灯 あんどん 絵など、
なんでもこなした彼は、はじめは「狂斎」と称していました。

しかし、明治3年の時に画風をとがめられて拘留され、
      以後、画号を 暁斎 とされたといいます。


埼玉県 蕨市 暁斎 の作品を集める

 河鍋暁斎記念美術館 があるそうです。
 
 〒 335-0003
  埼玉県 蕨市 南町4−36−4
  Tel   : 048ー441ー9780
  開館時間:10:00ー16:00

  休館日 :毎週木曜日、毎月の26日から月末まで、

     年末年始(12月29日ー1月3日)

  入館料 : 大人300円 学生200円
 小学生100円
  JR 京浜東北線、西川口 駅の西口より

 「蕨駅西口行き」の64番のバスで
 「ポンプ場前」( 駅より約10分 ) 下車すぐ


2006年11月26日日曜日

「若沖と江戸絵画」をたずねて3>達磨遊女の着せ替え

◎ 「若沖と江戸絵画」をたずねて 3  

達磨遊女異装図 / 竹田 春信 (部分)
 だるま ゆうじょ いそうず / たけだ はるのぶ


とてもユーモラスな絵で、
 見学者の笑い声が
 絶えなかった
 作品のひとつです。

遊 女達 磨さんが
着せ替えをさせられています。
さすがに
履物までは取り替えずに、
そんなところに
 情緒が感ぜられます。



気高さの象徴でもある 達磨大師 は、
 薄汚い「あぶないおっちゃん」のように描かれ、
  古びた着物の 遊女 達磨大師 を見下ろしています。


大津絵 によく描かれる題材に、
 「鬼の寒念仏」というのがあります。

この絵には、
 江戸の中期頃から風刺画である
 大津絵 にどこか通ずるところがありそうです。

「若沖と江戸絵画」をたずねて2>雪に跳ねる兎

◎ 「若沖と江戸絵画」をたずねて 2  

雪中松に兎・梅に鴉図 / 葛蛇玉(かつじゃぎょく)











「松に兎図」


油絵と違って日本画で白を表現するのは、
 とても難しいのですが、

 日本の美の一つ
  「雪景色」は画家の腕の見せ所
でもあります。

鶴の絵も細い足で立つバランスとともに、
 鶴の白さをどう表現するかは、
 後で白色を重ねることをせずに
 紙地なり絹地なりを活かせて、
 鶴を生きているように描ければ
 日本画家として一人前なんだと。。


話は変わりますが、、
この「雪中松に兎・梅に鴉図」には、
 舞い落ちている雪は 胡粉 ごふん で描かれています。

胡粉とは、
鉛を酢と塩で酸化させて
     白い粉にした鉛で、
その原料は、
天然カキ の一種でカキより一回り大きい
  イタボガキ
だそうです。
胡粉雛人形の頭(面部)
    にも使用されているそうです。












 梅に鴉図」

降る雪以外の積もっている雪や
からす の輪郭は紙の地色なのですから、
 どう描いたのか?
 今なお 諸 説 紛 々 だそうです。


舞い落ちる雪片に 互いが触れ合わずに、
   でも不自然でない。。


葛蛇玉 (1735-1780) は、玉泉寺 という 浄土真宗 の
 寺の次男として生まれた 大阪の画家さんです。

大阪にある 関西大学 には《 山高水長図 》という
 葛蛇玉
の作品を所蔵されているそうです。
 これらを含めて 葛蛇玉 の筆とされるものは、
        4点ほどだそうです。

伝わる作品は少しであっても、
「雪中松に兎・梅に鴉図」
の偉大さは、
 彼の評価をとても高くさせています。

この展覧会でも、
 
松に兎 が向かって右に置かれていましたが、

今橋 理子 氏
( 学習院女子大助教授 )は、
 カラスとうさぎが日月をあらわしているのだとして、
 右に
梅に鴉 左に 松に兎を置くべきだと。。
 
そちらの置き方も観たかったなあ。。

  (『江戸の動物画 近世美術と文化の考古学
      今橋 理子 著( 東京大学出版会,2004年12月 ))

2006年11月25日土曜日

「若沖と江戸絵画」をたずねて1>猛虎図

9月23日から京都国立近代美術館で、
  江戸絵画のコレクションとして名高い
 オクラホマ出身のエンジニアである
 ジョー・プライス 氏のコレクション展が
         行われていました。

プライスコレクション
  「若冲と江戸絵画」

  最終日の11月5日に観てきました!!

プライスさんのコレクションは、
 江戸時代の個性的な画家の一人である、
 伊藤 若冲 いとうじゃくちゅう (1716-1800)の
    作品が中心のコレクションです。

猛虎図 / 伊藤 若冲
なかでも虎次郎が一番好きな絵が、
若冲猛虎図です。

江戸時代の画家たちの
  細部へのこだわり、
虎の愛嬌さが伝わってきました。


毛の一本一本が
丁寧な線で描かれており、
 若冲 が忍耐力の
  持ち主であったようにも思えます。

若冲 は江戸画壇のどの派にも属していなかったようで、
 実力があるからこそ
 独立独歩の画風を切り開いたのだと感じました。。


プライスさんは自身の財団 の名を、
若冲 の堂号「心遠館しんえんかん
      用いておられます。

プライスさんは、
 落款や印章ではなく
「いい作品を選んで」拾集された方で、
 作者の名前を尋ねることは
 めったにせずに筆遣いをみて
 あつめられたのだそうです。

「作品が大家と言われる画家の手によるものか、
 落款を確かめる必要はないのです。」だと。
( プライスコレクション「若冲と江戸絵画」展HPより)


私たちも絵を見るときに、せっかく実物が前にあるのに、
 誰の作品だとか? 題がなんだとか?
 いつの時代なのか? ついつい説明文に目が行きます。

奈良で行われる「正倉院」などは、
 宝物よりもキャプチャー(説明文)を読むのに
 四苦八苦してしまいます。そんなうちに、、
 得てしてまず実物を見るようになりました。

虎次郎は目利きはありませんが、
 結果として美術館では作品を先ずみて、
 家に帰ってゆるりと図録をながめる。
 そんなのが虎次郎流 美術館の歩き方になっています。

そう言えば、この美術展では説明文が入り口で
 まとめて配られていました。
 「絵がじっくり観られる」そんな展示でした。

このプライスコレクション「若冲と江戸絵画」展は、
 来年1月からは 九州国立博物館
 4月からは名古屋の愛知県美術館でみることができるそうです。
 

←「若冲と江戸絵画」展の
  オフィシャルブログへ



◎ 「若沖と江戸絵画」をたずねて 1  
           次回をお楽しみに。。。。

2006年11月20日月曜日

東京ドーム探訪—3 王・長嶋ゲート

東京ドーム読賣東京巨人軍 の聖地??
 ですが、、

実は虎次郎は前身の後楽園球場で観戦したことは、
 ありません。。
1980年代はジャイアンツのチケットは、
 超プレミアでしたし、今のように「遠征」なるものも、
 高額紙幣の要求には耐えられる
  懐ふところでもなかったので。。

後楽園球場の頃から
1番と3番のゲートは
 特別なものでした。。
 1番が王ゲート 
 3番が長嶋ゲート
      
です。



東京ドームの開業以降、
ドーム内4階にあったようですが、
平成9年(1997)
3月16日に
ドーム10周年

 記念して再び
 1番と3番のゲートが
  復活したようです。














ドーム内には「読賣巨人軍の永久欠番」
 コーナーなるものがあって、
 黒沢 俊夫 4 、沢村 栄治 14、
 川上 哲治 16、金田 正一 34 などの面々とともに、
 王 貞治 と 長嶋 茂雄のボードも飾られていました。
うーん昔はジャイアンツは強かったんやね。。。

ふと振り返ると
うさちゃん
くまちゃん に叩かれそう!!
  ジャビット危うしの巻!!

東京ドーム探訪—2 在りし日の球団ロゴの巻

東京ドームには山手線の「水道橋」が
 便利ですが、、

ドームツアーに行った日は、
東京メトロ 丸の内線「後楽園」から
        行きました。
東京ドーム
  外野側へはこちらが近いようです。


バックスクリーン後方に位置する所に、
大理石でできた
ドーム完成記念 モニュメント

がありました!!





日本初の屋根付き球場として1988年3月17日に
 誕生した東京ドームですから、

今はないチームのロゴも沢山!!
 こんど行った時には
   拓本でも拓るかな??(・ω・)v







近鉄阪急、そして南海なんかもありました。
 ロッテも「ロッテオリオンズ」の時代のもの、
 ファイターズも東京ドームをホームしていたものでした。
 Wマークは横浜大洋ホエールズやし、
 中日CDマークは一時期の、Dのみです。
 ヤクルトYSマークもマイナーチェンジされましたしね。







こうして見るとロゴが変わっていないのは、
 阪神広島読賣西武ぐらいですね。



この日は天気が良かったです。。
 この東京ドーム実は5メートル掘り下げて作られています。
 それは、お隣にある「小石川後楽園」
    影を延ばさないためでもあるんですよ!!

2006年11月18日土曜日

アジアシリーズを観て来ました!!

11月12日に東京ドームに
「日ハムアジアで一番!!」
    観て来ました!!












 ★★虎次郎観戦記録★★ 

決勝が台湾チームだったため、
  3塁側には空席が目立ちました。

おそらく
サムスンライオンズ
     抑えていたのでしょう。。

LA NEW ベアーズの先発 許 文雄 投手、
敗戦投手にはなったが、
飛 鋭 投手。。
 ともになかなかのピッチングでした。

ゲーム途中にファイターズ
キャラB★Bスタンドに登場!!
一緒に来ていた甥っ子は
始めは興味がなかったようだが、
「サインもらえるんやで」
      と言ったら。。
持参のサイン用ボールに
「くまちゃんにサイン欲しい」
       と興奮気味。。
←ドームアイスモナカを頬張る少年
その後一時ボールが足下に行方不明。。
ボールは見つかりましたが、
くまちゃん
は見つかりませんでした。

翌日 改めて東京ドームに、、当然のことながら、
 アジアシリーズの看板はなくなっていました。







野球体育博物館HPへ


月曜だったため野球体育博物館」は休館でしたが、
18年ぶりにドームツアーに参加しました!!
グラウンドには降りれなかったけれど、
 いろいろ楽しめました!!


新人工芝
「フィールドターフ」
  ふみ心地体験
!!


芝の長さが6・3センチ
      あるそうで、







その下に5センチの深さで、
充填材 の硅砂けいさ
ラバーチップ
が入っています!
ヒザの負担を軽減
   というのですが、
 少しは効果があるのか??




ちなみに、
大阪ドーム(京セラドーム大阪)
    コンクリに人工芝引きなんです。

 
ツアーの最後は回転ドアではなく、
  開きドアから出る瞬間!!

とにかくすごい風で、
 メガネとか帽子とかは飛ばされる勢い!!

 気圧を高くして屋根を膨らましていることを
             実感できました!

なお「東京ドーム+東京お上りさん」第2弾は、
      また改めて。。。

2006年11月8日水曜日

広沢が虎軍に復帰!!

2003年の日本シリーズ最終戦に
福岡ドームでホームランを撃った
   広澤 克実さん

来シーズンからタイガース
打撃コーチとして
   就任することになったという。
←ブログ「広澤 克実の生き様」へ


こないだ虎番にも出ていたし、、、
 マンガネタになっていた広澤さんだが、
 実は打撃センスは中長距離バッターだけに光るものがあります。

関本とか鳥谷などのレギュラーや
 ファームの庄田桜井なんかのパワーアップができそうで。。
 楽しみ!!楽しみ!!  鳴尾浜にも行かんといけんなあ。。


■広澤コーチコメント(会見より)
  打撃コーチという大役を受けまして、身が引き締まる思いです。
 
責任と希望と、今はそういう気持ちが複雑に入り混じっています。
 
自分がやれることは精一杯やりたい。
 岡田監督を少しでも助けられるよう頑張ります。
          (阪神タイガースのHPより)

2006年11月5日日曜日

ホームカミングデー

11月5日(日)は、
同志社
ホームカミングデー
 行って来ました。






学生運動の頃からあった学生会館に代わって、
  「寒梅館」という立派な建物が
 烏丸通沿いに聳えたっているのを、
 聞きながらも実際に入ったことがなかったので、
 心機一転で同志社大学 今出川キャンパス
 久々に足を踏み入れて来ました。

精神(こころ)に帰る、一日
 卒業生、
 一人ひとりの精神こころに刻みこまれた
      『同志社』

 それは、131年前の1875(明治8)年11月、
 新島 襄の熱き祈りのうちに産声をあげた。
 爾来、今日まで連綿と
 「良心ヲ手腕ニ運用スルノ
人物」を培い、育んだ。
 今、あなたの同志社大学は、
 時空を超え、ダイナミックに躍進を続けます。
             秋天の一日、母校にて新たな出会い、
             思い出、そして、新たな思い入れを。」
             (同志社HPより) 
なんやそうです。

受付を済ませると、同志社の小旗がもらえましたよ!!




















ホームカミングデーのもう一つの目的は、
同志社 創立130周年記念の新作能を観ることでもありました。

「庭上之一寒梅」新島襄の漢詩は有名ですが、
 能楽部OB会・同志社紫謡会が約8年がかりで制作されたのが、
 新作能
 「庭上梅 ていしょおのんめ〜 新島襄を讃えて 〜」なんです。

病床にある新島が見舞いに訪れた学生に、
建学当初の苦難の体験や同志社の発 展を願う心情を語るという内容で、
舞台終盤では、21世紀の学生が新島の心情を体得した舞を踊り、
 同志社の将来の飛躍を祈念するといった内容でした。

新島襄の演者は、同志社紫謡会のメンバーでもあり、
 同志社大学 能楽部 観世会を指導されている
 観世流シテ方 井上 裕久ゆきひさ氏 でした。

狂言で新島襄に仕えた「松本 五平」は、
 狂言師 木村 正雄 氏 が演ぜられました。

実は虎次郎の叔母にあたる人は、この「庭上梅 」
      作成に大きく関わっていたんです。

幼少の頃よく能舞台に連れられて、
 能や狂言に触れていただけに感慨深いものがありました!!

2006年11月2日木曜日

ビックリマンチョコ★プロ野球版

ビックリマン プロ野球














ロッテが作ったプロ野球ビックリマンチョコ
 最近ゲットしました。。
 なつかしのウエハースにシールが付いています。


12球団に投手と野手それぞれ2選手で、
 24種類あるようです。
 タイガース・・・・藤川金本
 ドラゴンズ・・・・岩瀬福留
 スワローズ・・・・五十嵐に代打オレ古田
 ベイスターズ・・・番長三浦種田
 ジャイアンツ・・・上原阿部慎
 カープ・・・・・・黒田前田

 マリーンズ・・・・サブマリン渡辺今江
 ホークス・・・・・斉藤松中
 ライオンズ・・・・松坂和田ベン
 バファローズ・・・吉井
 ファイターズ・・・エース??金村とガッツ小笠原
 イーグルス・・・・岩隈礒部 です。

このなかでポスティングシステムによる
メジャーリーグ(MLB)に行くのは松坂 大輔!!

松坂 大輔 L

前田 智徳 C





古田 敦也 S

金本知 憲 T






岩瀬 仁紀 D 

谷 佳知 BW





今江 敏晃 M 

渡辺 俊介 M






でもこのビックリマンプロ野球チョコ、、、
 ちびっ子にはあまりにもマニアックなようで、
 最近まで叩き売りのようでした。

でも
松坂 大輔のシールはレアものになるかも知れない。

ところで、辞退者続出の日米野球が11月3日から
各地のドーム球場を転戦するのを控えて、
日米両チームが1日、東京ドームでそれぞれ練習を行った。

吉井 理人 BW






        
MLBの投手不足は深刻なようです。
 チーム数の増加と投球制限付きの契約なんかで、
レギュラーシーズンの試合数も日本よりも多いので、
 各チームとも一人でも投手が必要なんだそうです。

松坂と同じように、来シーズンMLB移籍希望の
 タイガースの井川も練習に参加したらしいが、
メジャーリーグ志向はもう古いと思うんやけど。。