2017年8月6日日曜日

京のナツたび〜渉成園ー蘆庵


京の夏の旅 文化財特別公開
2箇所目は、
お東さんの飛地境内地
渉成園」にある
2階茶室の蘆庵へ。

渉成園(しょうせいえん)は、
枳殻邸(きこくてい)との通称は、
周囲に「枳殻」(からたち)
生垣として植えたことに因みます。

1641(寛永18)年に三代将軍の
徳川家光から約一万坪が寄進され、
石川丈山の趣向での作庭です。
建物の多くは1858年と1864年の
二度にわたる焼失しましたが、
明治初め以降 改めて再建されたもの。

作庭と建物との調和を維持し、
市中の隠」との趣で、
明治維新後も多くの著名人が
ここを訪れています。

岩倉具視、三条実美などの華族、
明治天皇は1880年(明治24)に、
ロシア皇太子で後のニコライ二世、
吉田茂ヘレン・ケラーなどなど。



手前が「臨池亭」(りんちてい)
奥が「滴翠軒」(てきすいけん)

吹放しの廊下で繋がって、
かつては合わせて「臨池亭」と
呼んでいたとか…

園林堂」(おんりんどう)
「園林」は仏典では「浄土」を
表す表現だそうで、室内には
棟方志功の襖絵があるそうです。

睡蓮はすでに実をつけていました。

その隣りにあるのが
特別公開の茶室蘆庵(ろあん)
2階建ての茶室。


二方を望める肘掛窓

開場は煎茶席



主室北側が板敷き

階段をのぼり2階へ。

2階天井は蘆=葦葺き
かつては唐代の禅僧である
雲門文偃(うんもんぶんえん)
言行録から「」の一字をとり、
扁額も露庵だったそうですが、
いまでは違う字をあてています。

立って眺めるよりも…

座って肘掛窓からの視点が、
この場所にはあっています。

かつては五山の送り火を
愛でることができたとか…





建物だけでなく、
園内の樹木もずいぶんと
大きくなったのだと…

池泉回遊式庭園
である広い園地は、
印月池(いんげつち)
東山から上る月影を写します。

左大臣・源融が営んだ
「六条河原院」の旧蹟とも…
奥州塩釜の風景を模し、
尼崎から海水を運ばせて、
池を作った伝わり、
塩釜」や「塩釜の手水鉢」が
景物として残されています。

園地に向かうのが
閬風亭(ろうふうてい)
閬風とは、
中国・崑崙山脈にある山の名前で、
仙人が棲むとされていて、
賓客を迎える大書院として、
明治天皇のご休息にも使われた場所。

ふと見上げると京都タワー

京都タワーを借景とする
スポットとしても有名。
ちょっと大阪・天王寺公園内にある
慶沢園とあべのハルカス」に
通じるものがあるかなぁ〜と。

印月池に浮かぶ島…
北東から南西方向に
ほぼ高さが同じ。
秀吉の「御土居」の
跡とも伝わります。

秀吉を祀る方広寺と西本願寺は、
かつては正面通とよばれる直結、
西本願寺は秀吉恩顧の寺院でした。
徳川の御代になって、
このラインを断ち切るという意図、
現在の地に東本願寺
さらに飛び地を設けたと…

本願寺の東西分断は、
教団内部の問題でもありますが、
そこに豊臣の影を消そうとした、
徳川の思いも合わさったのです。

こちらは「傍花閣」(ぼうかかく)

左右の側面に山廊と呼ばれる
階段の入り口があって、
階上には四畳半の部屋があるとか…

部屋の天井には磁石石に
十二支を配した図様が、
描かれているそうです。







回棹廊」(かいとうろう)

安政の大火における焼失以前は、
朱塗り欄干をもつ反橋だったとも。

夜半の来客の折、
金燈籠が吊るされました。

印月池に浮かぶ北大島に建てられた
茶室「縮遠亭」(しゅくえんてい)

板間をはさんで右手の上段は、
床を高く支えた舞台造り。

かつては東山三十六峰の一つ、
阿弥陀ヶ峰の遠景を
縮図にしたことから、
この名となりました。

春夏秋冬にさまざまな
印象をみせるとか・・・
改めて訪れたい庭園でした。

第42回 京の夏の旅
   〜9月30日(土)まで

2017年7月29日土曜日

京のナツたび〜京大花山天文台


第42回を迎えた 京の夏の旅
文化財特別公開…東山連峰にある
京大花山天文台」へ!

山科区北花山大峰町というところ、
東山ドライブウェイ内にあり、
アクセスは車でなければ
ちとムズカシイ。
夜に行われる観測会などは、
一般公開されているようですが、
昼間に敷地内に立ち入れるのは、
なかなかチャンスがないそうです。
右の門柱には
京都大學 花山天文臺」。
サイトには「未舗装の道もある」と
ありましたが、敷地内はすべて砂利道。
門内から登りが続きます。
木立にムックリと現れる天文台。
現在も最新天文学の研究の場であり、
観測が続けられう場所なのです。
観測ドームを戴くから、
なかにはアールがそこかしこに。

鉄の階段をあがると…
直径9mのドームへ。
国内3番目の大きさとなる
45cmの屈折望遠鏡
鎮座しています。

天体の追尾には今なお現役の
重力時計」が健在です!

ドームの回転は人力でも可能とか…

改めて作ることの出来ない
機械仕掛けはぜひとも、
後世に残してほしいものです。

京大の天文台はもともと、
京都大学の構内にあったそうですが、
市街化により夜の観測の地点を
求めて…この花山の地に。



1929年(昭和4)に開設時に出された
『天界』No.103にはこうあります。

「目下、天文台以外には、
 全山一体に人の気も
 無いのだから、事実上、
 誰からも観測の妨害を受けない…」

山科区はかつては「山科郷」として、
近郊農村として町灯りはかなり
少なかったようでして、
夜の帳が下りると、
満天の星空を
眺めることができたそうです。

本館を見下ろすと…
右手に別館、平屋が旧子午線館。

本館ベランダにも
出させてもらいました。

ここにもアールのコンクリが秀逸。

この地にが道がなかったのですが、
1927年の夏に、
京都の工兵隊の演習のために、
三間幅の自動車道「花山道路」が
山林を開拓して開通したそうです。
当時の軍の力を
感じるエピソードです。

『天界』No.103より

こちらは「歴史館」となっている
旧子午線(しごせん)

子午儀…

花山天文台の第三代台長
宮本正太郎博士に贈られた
かのアームストロング船長
月面足跡をかたどった灰皿。
アポロ月面着陸の最適地点を
決定にのための月面詳細観測へは、
フランスの
ピック・デュ・ミディ天文台
イギリスのマンチェスター大学
とともに花山天文台は、
大きな役割を果たしたそうです。
こちらシーロスタットという、
2枚の平面鏡を用いて天体の光を
常に同じ場所に投射するように
駆動するシステムの一部。
小屋そのものが移動するしくみに…

手入れが行き届いていますが、
かつては解体の憂き目に…
貴重な大正から昭和の
洋式木造建築として
保存され現在は歴史館に。

ガイドさんに教えてもらった、
撮影スポット。
子午線館と本館ドームが重なる。
河島英五の「信望」という
レコードジャケットにも、
使われているとか…

こちら別館では観測中。
地下鉄 東西線「東山」駅から
無料バスが出ています。
それと…自販機とかは
現地に無いので、
かならず飲料水
持って行ってください。

第42回 京の夏の旅
   〜9月30日(土)まで